2026/10/4 主日礼拝 「真実なる神 ー信頼できる父ー」
聖書箇所:ヘブル人への手紙10:23
約束してくださった方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白し続けようではありませんか。
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
1.真実を語り、共に歩んでくださる神
私は糖尿病と診断されたとき、医師から「生活改善だけでは難しく、薬による治療が必要です」と率直に告げられました。聞きたくない現実でしたが、耳障りの良い言葉ではなく、命に関わる真実を語ってくれたことで、その先生を信頼できると思いました。また、厳しい現実を伝えるだけでなく、「一緒に頑張っていきましょう」と寄り添ってくれたことも大きな支えになりました。神様との関係にも、これと重なるところがあります。神様は真実を語られるだけでなく、私たちを置き去りにせず、共に歩んでくださるお方です。だからこそ、私たちはこのお方を信頼することができます。
2.父・子・聖霊はすべて真実なお方
聖書は、父なる神様だけでなく、御子イエス様、聖霊様も等しく真実なお方であると語っています。申命記には「主は真実な神」とあり、イエス様は「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」と語られました。また聖霊様についても「真理の御霊」と記されています。そして、真実なお方が語られる言葉もまた真実です。詩篇には「みことばのすべては真実です」とあります。さらに、神様の御業もことごとく真実です。神様は、その存在も、語られる言葉も、なさることもすべてにおいて真実であり、偽りのないお方なのです。
3.「真実」とは、信頼するに値するということ
旧約聖書で「真実」を表す「エメット」という言葉には、単に嘘がないという以上の意味があります。本物であること、誠実で忠実であること、確かで信頼に値することまで含んでいます。私たちが祈りの最後に唱える「アーメン」も、この「エメット」と同じ語源を持ち、真実なる神様を信頼するという告白でもあります。新約聖書では「真理」を表す「アレーテイア」と、「忠実で信頼できる」を表す「ピストス」という言葉が用いられています。つまり神様は、真理そのものであると同時に、私たちが全幅の信頼を寄せることのできるお方なのです。
4.私たちの希望を支えるのは、神様の真実さ
ヘブル人への手紙10章23節には、「約束してくださった方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白し続けよう」とあります。大切なのは順序です。「私たちがしっかりしていれば神様が応えてくださる」のではありません。まず神様が真実なお方であり、その変わらない真実さが、揺れ動く私たちを支えてくださるのです。私たちの信仰の強さが希望の根拠なのではありません。約束された神様ご自身が、確かで変わらないお方だからこそ、私たちは不安の中でも希望を手放さず、神様を信頼し続けることができるのです。
5.過去・現在・未来にわたる救いの希望
ヘブル人への手紙10章には、神様の救いが過去・現在・未来にわたって示されています。まず、イエス様の十字架によって罪の赦しの道が開かれました。これはすでに成し遂げられた救いです。そして今、私たちは神様に近づき、神様と語り合い、共に歩むことができます。さらに将来、イエス様が再び来られるとき、救いは完全な形で完成します。私たちがまだ見ていない未来の救いを待ち望めるのは、未来を予測できるからではありません。「約束してくださった方は真実な方」だからです。神様の変わらない約束こそが、私たちの未来への希望なのです。
6.揺れても流されない「魂の錨」
私たちは未来に何が起こるか分かりません。長く祈っていても答えが見えず、「本当に神様は導いてくださるのだろうか」と心が揺れることもあります。しかし、私たちが揺れることと、神様が揺れることとは別です。私たちは揺れますが、神様は揺らぎません。ヘブル人への手紙では、この希望を「安全で確かな、たましいの錨」と表現しています。海が荒れれば、錨を下ろした船も揺れます。しかし、確かな場所に錨が下ろされていれば、流されてはいきません。同じように、私たちの心が揺れても、真実なる神様に希望の錨を下ろしているなら、私たちは主の救いの中にとどまり続けることができます。
7.厳しい御言葉も、私たちを救うための真実
神様は時として、私たちが聞きたくないような厳しい言葉を語られます。聖書は私たちに「あなたは罪人である」とはっきりと告げ、罪のまま歩み続ける先にある危険も示します。しかし、それは私たちを傷つけたり、失望させたりするためではありません。命に関わることだからこそ、神様は耳心地の良い言葉ではなく、真実を語られるのです。そして神様は、真実を告げて私たちを置き去りにはされません。イエス様によって罪の赦しの道を開き、神様と共に歩む新しい道を備え、やがて完成する救いへと私たちを導いてくださいます。これが真実なる神様の愛です。
8.真実なる神に信頼し、希望を告白して歩む
私たちが覚えたいことは一つです。神様は真実なお方ですから、このお方に100%自分を委ね、信頼して歩んで大丈夫だということです。神様は気分によって言うことを変えたり、約束を翻したりするお方ではありません。いつも誠実で、忠実で、私たちと共に歩んでくださいます。そして、この真実なる神様を知った私たちは、自分だけがその希望を持つのではなく、周囲の人々にも「真実なるお方がいる。救いの手を伸ばしてくださる神がおられる」と伝えていくよう招かれています。偽りや不確かさの多い世界だからこそ、真実なる神様を信頼し、希望を告白しながら歩んでいきましょう。
(説教者:安海 和宣 師)