礼拝メッセージ(要約)

2026/9/20 主日礼拝 「大いなる神」 

聖書箇所:イザヤ書40章28~31節

あなたは知らないのか。聞いたことがないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造した方。疲れることなく、弱ることなく、その英知は測り知れない。
疲れた者には力を与え、精力のない者には勢いを与えられる。
若者も疲れて力尽き、若い男たちも、つまずき倒れる。
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

1.裁きから慰めと救いへ

イザヤが預言した時代、北イスラエル王国はアッシリア帝国の脅威にさらされ、南ユダ王国も恐れと不安の中にありました。イザヤ書39章までは、神に従わない民への警告と裁きが中心に語られています。
しかし40章は、「慰めよ、慰めよ」という言葉から始まります。やがてバビロン捕囚から解放されること、キュロス王によってエルサレムが再建されること、さらに救い主イエス・キリストの道を備える者が現れることまで預言されています。これらは80年後、150年後、700年後にそれぞれ実現しました。
神の言葉は時代を超えて立ち続け、その約束は必ず実現するのです。

2.すべてを造られた全知全能の神

神は、天と地、山や海、すべての自然を精密な秩序の中に造られた創造主です。神には助言者も教師も必要ありません。すべてを知り、歴史の行方をも支配しておられる全知全能のお方だからです。
人間の目には偉大に見える国や権力者も、神の前では桶の一しずく、量りの上の塵のようなものにすぎません。どれほど科学や軍事力が発達しても、人間は自然の力の前で無力になることがあります。まして、自然そのものを造られた神に並ぶ存在はありません。

3.人が作った偶像ではなく、人を造った神

人間が金や銀、木で作った偶像は、自ら動くことも、人を助けることもできません。本当の神は、人間によって作られる存在ではなく、人間と世界のすべてを造られたお方です。
自然も神そのものではなく、神によって造られた作品です。神は万象を一つひとつ数え、それぞれを名をもって呼び出されます。この大いなる神を、目に見えるものや人間の小さな理解の中に収めることはできません。

4.大いなる神は、優しい羊飼い

全知全能の神は、遠く離れた恐ろしい存在ではありません。羊飼いが子羊を懐に抱くように、私たちを養い、必要を備え、危険から守り、優しく導いてくださるお方です。
苦しみの中で、私たちは「神は祈りを聞いてくださらない」「自分のことを見過ごしておられる」と感じることがあります。しかし神は、私たちの祈りも訴えも決して見過ごされません。私たちと共にいて、助け、強め、確かな道へと導いてくださいます。

5.人の力には限界がある

若く力のある者であっても疲れ、つまずき、倒れることがあります。どれほど強い人や国にも限界があり、その力が永遠に続くことはありません。
しかし、主は永遠の神です。疲れることも、弱ることもなく、その知恵は計り知れません。そして、自分では立ち上がれないほど疲れた者に力を与え、何もできない者に新しい勢いを与えてくださいます。

6.主を待ち望む者は新しく力を得る

私たちは日々、不安や恐れ、悩み、重荷を抱えて生きています。先の見えない苦しみの中では、祈ることさえ虚しく感じ、神よりも人の知恵や力に頼りたくなることもあります。
そのような時こそ、私たちは「自分が信じ、祈っている神はどのようなお方なのか」を思い起こす必要があります。私たちの問題がどれほど大きく見えても、全能の神の前では決して解決できないものではありません。
主を待ち望み、信頼し続ける者には、古びた力ではなく、新しい力が与えられます。鷲が翼を広げて空高く昇るように、走っても力衰えず、歩いても疲れない力を神は与えてくださいます。

まとめ――大いなる神に信頼して歩む

私たちの神は、すべてを造られた永遠の神、全知全能で歴史を支配される唯一のお方です。同時に、羊飼いのように私たちを抱き、養い、守ってくださる愛の神です。
闇の夜がいつまでも続くように思えても、神に信頼し続けるなら、必ず朝は訪れます。神は不安を平安に変え、疲れた者に新しい力を与えてくださいます。この大いなる神に期待し、信頼して、一日一日を歩んでいきましょう

(説教者:波多 康 師)