​使徒信条

わたしは、天地の造り主、全能の父である神を信じます。

わたしはそのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。

主は聖霊によってやどり、おとめマリヤより生まれ、

ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、

十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、

三日目に死人のうちからよみがえり、天にのぼられました。

そして、全能の父である神の右に座しておられます。

そこからこられて、生きている者と死んでいる者をさばかれます。

 

わたしは聖霊を信じます。

きよい公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、体のよみがえり、

永遠のいのちを信じます。                
アーメン

​– 「使徒信条」って何? –

 カトリック、プロテスタント教会(西方教会)において受け入れられている最も一般的な信条です。

 つまりカトリック教会とプロテスタント教会は、同じ信仰を告白しているということです。

 イエス・キリストの復活、昇天後に、聖霊が使徒達に降って以降、聖霊(※)の導きの中、使徒達を中心に教会が形成されていきました。その初期の段階で、イエス・キリストの話を直接聞いていた使徒をはじめ、復活したイエスとの出会いからクリスチャンになったパウロによって新約聖書が書かれていきます。その過程で、使徒たちを中心に自分達の信仰の告白を徐々に文章化していったと考えられており、その後その文章が教会に浸透していったものと考えられています。その考えのもとに、使徒によって作られた信条という意味で「使徒信条」と呼ばれるようになりました。

 ただ使徒達が文章化した確固たる証拠はないので、その事を否定する人もいます。しかし聖書の内容と矛盾しない点、またパウロがクリスチャンになった時に使徒から聞いた教えが、当時すでに定まった共通のものであることを伺わせる記事がコリント第1の手紙15章3節にあることから、使徒達によって土台となる文章が作られたという見方は大方支持されています。

 2世紀後半のものとされる「ローマ信条」というのが発見されています。これは洗礼式における告白文として用いられていたようです。その内容は、現在の使徒信条とほぼ同じです。また390年頃、ミラノの司教であったアンブロシウスが書いた「教皇シリキウス書簡」の中に、「使徒信条」の記述があります。つまり使徒たちによって土台となる文章が作られ、2世紀後半には一定の文章が一般的に定着し、さらに4世紀末には「使徒信条」の呼び名が定着していたようです。

 

 

※ 上記の「聖霊」は、三位一体なる神の中のお一方の神のことです。使徒信条やニケア信条の中にも出てきます。三位一体とは、 「『父』『子(イエス・キリスト)』『聖霊』の三者が独立して存在していながらにして、唯一の神である」という、聖書全体が語る神を一言で表現した言葉です。また「三位一体」の「位」は、「独立して存在するひとつの存在」という意味の「位格」のことです。上下関係の位(くらい)の意味ではありません。